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上海提藍橋、モーセ教会堂、旧ユダヤ人租界地
概要
今でこそ、大阪-上海を結ぶ国際線の停泊場として、もしくは監獄として知られる堤藍橋、そこは昔何万人ものユダヤ人難民の受け入れ先でした。21世紀の今日にいたるまで、半世紀以上も前の建造物が痛々しく残っています。この場所は、その昔、共同租界地でした。そのため、ユダヤ人居住の建物には七つの燭台が刻印されていたり、ハンガリーなどヨーロッパの人々が住んだ家は、大きな煙突が屋根から突き出た、それぞれの国の建築方法で建てられています。
さて、ここは第二次世界大戦中、日本軍が駐留していた場所の近くでもあるわけです。当時、ドイツと同盟を結んだ日本としては、自国の面子上ユダヤ人を自由にさせておくことはできませんでした。結局、大勢のユダヤ人を狭い堤藍橋付近へと追い詰めて、ユダヤ人の住む家のそれぞれの扉をレンガで塞いでしまいます。外への自由のないユダヤ人の家の床付近には穴があけられ、そこから中国人たちがパンなどの差し入れをしていたようです。それでも、楽器演奏や他の特別な技術を持つユダヤ人はそれなりの自由を享受できたようです。暗黒時代は去り、イスラエルが建国されたとき、ユダヤ人や子孫たちは一斉に故国へ帰りました。今でも、その地区にある家のオーナーはユダヤ人。イスラエルにいるのだそうです。(と、ここまでは地元の方に聞いた話。)
戦時中にれんがで埋められた扉はいまも見ることができます。(そこだけれんがの色が微妙に違うので識別できます。)
また彼らの崇敬するモーセ教会堂は2008年3月にリニューアルオープンされました。ちなみに(’09.6.28)現在見学料金一人50元。ちょっと高いような気もしますが、興味のある方は是非ご覧ください。
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